思い出 その9

 小学校の入学式に新しい教科書を頂く。その夜、父はうれしそうな顔で「教科書を全部もってこい」と言う。今日頂いたばかりの教科書を、全部父の所へ持っていくと、父は、「どれどれ」と言って、真新しい匂いのする教科書の裏に、大きく私の名前を書く。それをワクワクしながら私は横で見ていたものだ。小学校卒業するまで、教科書の裏には、父の大きな字で私の名前が書かれていた。決して上手な字ではないが、好きな字である。
 長男が小学校へ入学し、私は新しい教科書の匂いの中で長男の名前を大きく書いた。あの時の父の喜びが、わかった日であった。